系統とは?/ アットローン
[ 230] 系統樹 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%BB%E7%B5%B1%E6%A8%B9
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系統樹(けいとうじゅ)とは、生物の進化やその分かれた道筋を枝分かれした図として示したものである。樹木の枝分かれのように描かれることがあるので、こう呼ばれる。 より正確には、系統樹とは、共通祖先を有すると考えられるいろいろな生物種(あるいはそれらの含む細胞内小器官(ミトコンドリア、葉緑体)や遺伝子(あるいはタンパク質のアミノ酸配列)など)の間の進化的関係を樹木状に表現した図(樹状図)である。枝分かれは系統の分岐を示し、枝の長さ、高さは進化の程度や時間経過を表す。分岐分類学の系統樹では子孫が枝分かれする各ノードが最も近い共通祖先を表し、エッチの長さが進化に要したと見積もられる時間に相当する。 系統樹を最初に描いたのは、エルンスト・ヘッケルであった。彼はチャールズ・ダーウィンの進化論に感銘し、動物の系統を進化論に基づいて明らかにしようとした。彼はその根拠として反復説をとなえ、発生の仕組みに基づいて動物の系統に関する自説をまとめ、これを分かりやすく示す手段として大木の枝先に各分類群を配置したような図を作った。この場合、系統的に離れたものほど太い幹からの枝分かれが離れた位置になるように配置し、高等な体制のものほど高い枝に置いた。この場合、枝の長さや高さは必ずしも時間や体制の発達程度を忠実に表すものではなく、何となく上の方に偉いのが、離れたところに進化の進んだのがある、というような図である。しかし、直感的な印象が非常にわかりやすいものであった。 このような曖昧な形式の系統樹に対して、より正確な系統樹を描く試みもなされた。たとえば、古生物学の分野では、古生物のある群の消長がわかれば、横軸に時間を取り、その生物の誕生の時点から絶滅の時点までに至る帯を描くことができる。種数の増減は帯の幅で示す。ここで、この群から別の群が分化したと考えられると言うことがあれば、その時間の点で、前者の帯から枝分かれの形で新しい群の帯を描くことができる。これを繰り返せば、全体としてはやや樹型に見える系統樹を描ける。ただし、この場合、樹木のように根本が太く、先へ行くと細くなるような形を取らず、なにやら炎のような形になる。 より厳格な系統樹を描く方法を提示したのが分岐分類学である。それまでは各分類群の特徴を恣意的に取捨しつつ系統を論じていたのに対して、様々な形質を選び出し、それらを厳格な手順で比較、類似点を求めつつ分岐図を書き上げる方法を示した。そこでは分岐からのエッジの長さは類似度や信頼度のような数字で示され、それが進化に要したと見積もられる時間に相当する。さらに分子遺伝学的情報を用いて、分子時計を利用すれば、(その信頼性は別に論じなければならないとしても)絶対年代までを示しうる。 ただし、その図はやたらチームの多いトーナメント表のごときものになり、直感的な視認性の点では問題がある。そのため、一般読者に向けては、古典的な曖昧な系統樹もまた、需要はある。しかしながら、生物の系統に関する理解は、二一世紀初頭現在、かなりの混乱にある。 21世紀初頭である現在は、一般向けにわかりやすい系統樹を書くには、とても困難な状況にあると言える。系統分類学は、いくつもの分野で、新しい方法によって旧来の体系の問題を指摘し、しかし新しい知識は完全な代替案を提出できていない。分岐分類学は、これまでの手法では思いつかなかった分類群間の類似点を指摘することになる場合も多く、さらにそれを分子遺伝学的情報が裏打ちする場合もあれば、さらなる見直しを要求する場合もある。 今日の進化的知見に基づく、系統樹作成の問題のもう一つが、細胞内共生説である。つまり葉緑体やミトコンドリアが独立生物起源であり、独自のゲノムを持つことがわかったことである。 これまでの進化論では生物進化は種分化の積み重ねと考えられてきた。したがって、その系統を図示すれば樹状になるのは当然と考えられてきた。しかし、共生によって二つあるいは三つの生物が一つにまとまるとすれば、この根拠は崩れる。ただし、当初はこの共生は、真核細胞形成段階の一回きりのものと見なされ、それ以外の部分での変更はなかった。むしろ、葉緑体やミトコンドリアの系統を明らかにすることで、新たな展開が開けた部分がある。 しかし、その後、共生がさらに何度も独立に起こったらしいことが知られるようになった。しかも細胞内共生をおこなった真核細胞が細胞内に共生している例など、大変に入り組んだことが起こっているのがわかってきた。個々の部分ではとにかく、これによって原生生物全体の系統樹は非常に描きにくいものとなった。 さらには、遺伝子の水平伝播も細菌などでは普遍的に起こっていることが明らかになり(他の生物にもそれらしい例がある)、これを厳密に考慮すれば、系統「樹」ではなく甚だ複雑なネットワークとなってしまう。 ヘッケルの描いた系統樹は広葉樹の大木のようだった。太い幹は何度か枝分かれしつつも、上に向かって伸びていた。ジャン=バティスト・ラマルクがもし系統樹を書いていれば、多分針葉樹のようなものを描いたであろう。ホイッタカーの系統樹は、根元で枝分かれした灌木の形であった。現在では、枝分かれを描くことを拒否した、芝生型のそれを描く研究者もいる。 以上のような大まかな系統樹とは異なり、分岐分類学における系統樹は厳密なものである。ある意味で、分岐分類学は系統樹を書くための学問とも言える。ただし、その系統樹は上記のようなものとは大きく趣を異にする。 有根系統樹(ゆうこんけいとうじゅ)は有向グラフ(向きが進化の方向を表す)で、特定のノードが葉の部分(最末端)に当るものすべてのいちばん最近の共通祖先と考えられるものに相当する。例として参照図1(ヒトのY染色体の有根系統樹)がある。 無根系統樹(むこんけいとうじゅ)は有根系統樹から共通の根(全体の共通祖先)を除いて得られた、すなわち共通祖先を考慮せず現存種どうしの関係を重視する系統樹である。例として参照図2(16S rRNAに基づいた無根系統樹)がある。 逆に、無根系統樹の対象とした生物に、それらとかけ離れていることが明らかな生物種(外群[アウトグループ]という)を加えて比較することで、有根系統樹が得られる。 節約(同じ様な変化が独立に起きることがなるべく少なくなるようなシナリオを選ぶ方法)に基づく最大節約法など この項目「系統樹」は、生物学に関連した書きかけの項目です。加筆・訂正などをして下さる協力者を求めています。(P:生物学/PJ生命科学) |
[ 231] 動物の系統 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%AE%E7%B3%BB%E7%B5%B1
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動物の系統については、現在もさまざまな論議があり、一定の意見の一致を見ていない。むしろ、最近まではある程度安定した見解があったものが、揺らいでいる状態にある。 動物の系統を論じるためには、動物の分類がある程度進まなければならなかった。ジャン=バティスト・ラマルクは、無脊椎動物(この言葉自体が彼の考案になるものである)の分類に取り組み、その中から進化論の考えをもつに至った。彼は動物の体制にいくつかの段階があると考え、それを上っていく進化と、その体制のままで生活環境に合わせた適応があると考えたが、具体的な道筋は示さなかった。 チャールズ・ダーウィンは、進化論を発表した際、主に種分化について論じたが、系統に関しては多くを述べていない。しかし、その進化論は多大な影響を各方面に与えた。特に、進化論に感銘を受け、生物学がそのあらゆる分野で進化論によって再構成されるべきだと考えたのがエルンスト・ヘッケルである。 ヘッケルは、進化論に基づいて、動物の系統を解明することを考えた。そのころ、幼生の形態が、動物の類縁関係の解明に役立つことが、少しずつわかってきていたが、彼はそれを大胆に拡張した。彼の考えによると、発生の過程はその動物の進化の道筋そのものであって、だから、幼生が似通っているものは、そこまでの進化の道を共有する証拠なのである。彼のこの説は“反復説”と呼ばれる。彼はさらに、それを発生の初期にさかのぼって適用し、動物の系統全体を説き明かそうとした。 発生は受精卵に始まる。彼はこれを単細胞段階と考える。受精卵は細胞分裂を行い、多くの動物では中空で表面に繊毛を備えた、いわゆる“胞胚期”(ガスツルラ)となる。彼はこれを最初の多細胞動物の姿と考え、その仮想の姿に対してガスツレアという名をつけた。彼の説は、ここからガスツレア説と呼ばれる。 胞胚はその一部が中にもぐりこんで消化管の元基となり、やがてその反対側に新たな出入り口を作る。ここで、どの出入り口が口になるかは動物群によって大きく分かれ、節足動物、軟体動物など、無脊椎動物の多くは最初にできた出入り口(原口)が口になる(旧口動物)のに対して、棘皮動物や脊椎動物では原口は肛門になり、新たにできた出入り口が口になる(新口動物)。また、刺胞動物や扁形動物は消化管に出入り口がひとつしかない。 そこで、彼はこれを進化の道筋として理解した。つまり、ガスツレアにくぼみができて、そこで消化をするようになったのが動物の消化管の起源であると考えた。そうすると、最初に消化管をもった動物は、放射相称で、袋状の消化管をもっていたことになるから、刺胞動物がこれに当たる。ほとんどの動物が左右対称なのは、這って進む生活をするからだろうが、そうすると、刺胞動物から扁形動物へと進化したのだろう。その後、消化管が通り抜けへと進化するときに、新たな出入り口が口となるか、肛門となるかで進化の道筋が分かれ、新口動物と旧口動物に道が分かれた。それぞれの道筋で、それぞれ独自に体制を高度化させ、その結果、旧口動物からは節足動物や軟体動物が、新口動物からは脊椎動物が現われた、と説明したのである。 ヘッケルはこのような説明をさらに系統樹という図つきで説明し、多くの支持を得た。彼の説は、その後の研究により、細部においてさまざまな改編を加えられながらも、基本的に支持され続けた。それらはまとめて新ヘッケル派と呼ばれ、最近まではこの分野でほぼ定説と見なされていた。 それによれば、旧口動物は、扁形動物から肛門をもつに至ったのが紐形動物、そこから偽体腔動物である線形動物、触手動物などが生じ、さらに真体腔ができ、体節ができて環形動物が、そこからさらに節足動物が生まれたとする。軟体動物は、このあたりから体節を失ったものと見る。 一方、新口動物は、無脊椎動物が少ないので関係をたどるのは難しいが、棘皮動物は左右相称の動物から二次的に五放射相称になったと見られる。そして、原索動物から脊椎動物が進化したと考える。 このように、ほぼ定説と見なされていたヘッケル系の考え方に、真っ向から反対の立場を取ったのがハッジである。 彼はヘッケル派の主張にいくつかの点で疑問を抱いていた。たとえば刺胞動物は花虫綱、鉢虫綱、ヒドロ虫綱からなり、前のものほど体が複雑である。ヘッケル派は当然、後者を原始的と見て、そこから前のものが進化してきたと見なす。ところがハッジが見るところ、ヒドロ虫は確かに簡単な構造なのだが、細部を見ると、必ずしもそうは言えないという。また、花虫類は、外見的には完全に放射相称ながら、内部構造は左右対称になっている。ヘッケル派はこのことをもって、この仲間が放射相称から左右対称へ進化しかけている、と考えるわけだが、内部構造から先に左右相称になるのも奇妙である。 そこで彼は、これを説明するために、むしろ左右対称の動物から放射相称の体制に進化したのが刺胞動物である、と考えた。固着性の生活をする動物が放射相称の体制になるのは、珍しいことではない。そこで、花虫類の方が原始的で、体内に左右相称性を残しており、そこから鉢虫類やヒドロ虫類が進化したと考えたわけである。 そうすると、刺胞動物より前に、左右相称の多細胞動物がいたことになる。彼によると、それは刺胞動物と同じく消化管に出入り口がひとつしかないもう一つのグループ、扁形動物だというのである。扁形動物の無腸類は、左右相称の動物でありながら、消化管がなく、えさは口から体内の多核体細胞に取り込まれる。 そこで、無腸類を多細胞動物の起源に据え、繊毛虫が多細胞化して生じたものと考えた。刺胞動物は枝道とした。また、線形動物や紐形動物の枝道、軟体動物の枝道などを横枝としながらも、節足動物の段階から固着性の放射相称的動物を経て脊椎動物へと、中心の枝は分枝のない系統樹を描いている。 彼の系統論は、ヘッケル派の弱点を突くものであり、さまざまな示唆に富むが、大筋ではヘッケルの考えの方に理があると見る向きが多かった。 近年の分類学における重要な変化は、分岐分類学の技法と、分子遺伝学的情報が利用できるようになったことであろう。また、バージェス動物群などの研究成果により、現存しない動物門があったらしい、との発見は、動物の系統を現存の門で構成することの問題点を浮き上がらせたように思われる。また、現存の動物門がほぼすべて、カンブリア紀初頭に出揃っていたのがわかったことも重要である。 現時点では、さまざまな結果は出ているが、全体としてまとまったものはまだないようである。個々には、これまでの説に合致した結果や、異なった結果が出て、さまざまに議論が行われている。これまでの見解と異なった結果が出たとしても、単純にそれを受け入れるわけにはいかないし、分子遺伝学による情報は、進化の過程までは見せてくれない。まだまだ検討が必要な状態である。 しかしながら、その中でも、興味深い結果がいろいろ出ている。多細胞動物の起源に関しては、刺胞動物門を起点とするヘッケル説に近い。また、海綿動物門は、動物とは系統を異にする説があったが、動物の系統に属する見解をとっている。 そのほかに、軟体動物、環形動物、節足動物は旧口動物の系統で、それぞれ近い位置に置かれてきた。環形動物と節足動物は体節制など、体制の共通点が多いことから、軟体動物と環形動物はトロコフォア幼生を共有することで、その近縁さが主張されてきたし、その点で異論が出ることも少なかった。ところが、最近の説として、軟体動物と環形動物は確かに近縁なのだけれど、節足動物はこれらとは縁が遠いらしいとの説が出ている。それによると、節足動物はむしろ線形動物、鰓曳動物などと類縁があり、それらの共通点は脱皮をすることであるとして、それらをまとめて脱皮動物という群をなすという。 また、旧口動物と新口動物の区分などにも見直しが必要らしいとも言われ、今後とも、これまでの枠組みの変更が必要な場合が多いものと思われる。 |