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西新宿とは?/ アットローン

[ 1411] 西新宿 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%96%B0%E5%AE%BF

その範囲は新宿駅の西口から渋谷区・中野区の区境付近。都内でも屈指のターミナル駅である新宿駅の西側の繁華街のほか、新宿新都心と呼ばれる世界有数の超高層ビル街がこの地域の代表的な存在であり日本屈指のオフィス街を為しているが、他に古くからの住宅街もいまだ健在な街である。
西新宿の名の由来は、新宿地区の西に位置することからであるが、この名称になったのは1970年の住居表示が実施されてからで、それ以前この地の大半(西新宿一〜六丁目)は角筈(つのはず)と呼ばれていた。これはかつての角筈村の範囲、南豊島郡淀橋町発足後は大字角筈の範囲に基づく。また青梅街道の北側(西新宿七〜八丁目)は柏木(かしわぎ)一丁目と呼ばれていた。これらの地名は、新宿区特別出張所やバス停の名称などに未だに見られる。また、新町(しんまち)・成子(なるこ)町・十二社(じゅうにそう)・辻・幡谷前・豊水・添地町・五十人町といった字(あざな)も過去にみられ、いずれも史跡やバス停などの名称、現地の通称として残っているものもある。
内藤新宿の宿場からもやや離れた当地は、江戸時代までは農村の中に大名屋敷なども点在する場所であった。この地域に最初に変化をもたらしたのが1885年の新宿駅の開業である。1889年には、品川線(現:山手線)甲武鉄道(現:中央本線)のターミナル駅となり、街の発展の礎となった。この鉄路を生かして、1898年には長らくこの街のシンボルであった、淀橋浄水場が完成。これは東京の市中に送る水道水の施設であり、東京における近代水道発祥の地となった。
このころから地方から東京へ移住してきた人も近辺に住み始めるようになったがこれに拍車をかけたのが1923年の関東大震災であり、東京の市内で震災で住居を失った人たちが、広い山の手郊外に土地を求め、住宅が多く立ち並ぶようになり西新宿一帯は山の手の代表的な住宅地となった。しかしながら東口方面と異なり、西口には商業集積はなにもなく、東京地方専売局淀橋工場と浄水場が主な施設であり、これ以外には人家と学校があるに過ぎなかった。このため、今後の新宿の繁栄のために広大な面積を占める浄水場の移転が大正末期ごろから地元民によって要望され始めた。行政当局によって浄水場の移転を含む西口一帯の都市改造が具体的に検討、計画されたのは1932年(昭和7年)からであった。 1932年3月、東京市会に東京市第二水道拡張計画案が提出され、これにもとづき翌4月に策定された当局の財政計画は浄水場の機能を武蔵野市境に移転させ、浄水場の売却処分収入を市債の償還費にあてて都市計画東京地方委員会によって浄水場移転を前提とした街路計画を策定し、1932年9月に都市計画決定した。浄水場跡地中央の位置には当時円形の広場は予定されていて、青梅街道や甲州街道ほか街路網をバロック的な街路計画にまとめていた。これが今日新宿副都心での最初の法定計画となったが、浄水場の移転自体が戦後になったので、完成は戦後に持ち越された。
戦後まもなく、東京の街が西へと広がるのと戦後復興の一環として、交通の要所となっていた新宿の街の利便性が注目され、当地に商業施設を集中させる、新宿副都心計画が策定された。それは、駅の至近にあった淀橋浄水場を移転させ、空いた広大な敷地に高層ビル群などを建設し、一大商業エリアにするというものであった。日本が高度経済成長のさなか、まず1965年に東村山市に浄水場が移転され、1971年に京王プラザホテルが建設された。
この地区に国際級の超高層ホテルを建てようと最初に考えたのは、当時、京王電鉄の社長を務めていた井上定雄氏であった。彼は「世界の都市はすべて西に向かって発展してきている。東京の中心もいずれ新宿の方に移ってくる」と予見し、ホテル計画を立てたのだ。
ただし、当時の京王電鉄は、巨額の借入金を抱えていて、百貨店も赤字、さらに将来には複々線の高架化などで多額の資金の準備が想定されていた。そんなわけで、実は会社としては「ホテルどころじゃない」という状況だったのである。
ホテル業界の中でも「新宿に国際級ホテルを建てるなんて、無茶だ。銀座や赤坂だから商売になるのに、新宿では商売にならないよ」という声が上がっていた。
井上氏はでも、この機会を逃しては、ホテルを建てることはできないだろう、いや、いま絶対に建てるべきだと思ったのであろう、京王電鉄の社長の座を退いてまで、自分の計画を推し進めるのである。
周囲に何もない野原のような場所にポツンと建ったホテルではあった(このような状態が約3年続いた)が、47階建て・高さ170mの超高層ホテルという謳い文句は、人々の目を釘付けにした。
例えば最上階には有料展望台を開設したが、連日長蛇の列で、入場者数は半年間で100万人を突破、75年頃辺りからは客室も満室状態が続き、それで南館増築の計画も持ち上がるのである(完成は80年)。
それからの盛名は、皆さんもよくご存じの通りである。一人の経営者の、周囲の反対を押し切るほどの熱意から始まったホテルが、こんなにも大きな大輪の花を咲かせたのは、珍しいのではないだろうか。
この京王を皮切りに200m超の高層ビルが建設され街のシンボルとなった。また1960年代を境に、新宿駅周辺の私鉄系のデパートの建設、都電の廃止、新宿駅西口地下広場の建設など駅周辺の再開発もこの街の歴史に触れる際に重要である。新宿駅西口地下広場については'新宿駅西口地下広場'を参照。
一方で、駅から離れた地域では、依然として昔からの住居が多く、昭和時代の東京の住宅街の面影を残しているが、ビルの建設や、自治体の再開発計画なども多く、年々これらの面影も薄れてきており、商業地域としての西新宿が年を追うごとに顕在化している。
新宿駅西口付近一帯が西新宿一丁目になる。新宿の繁華街の一角を担う場所で、この界隈は、昼夜問わず、人波が絶えない。新宿駅の西口の出口のほか、私鉄系のデパートである小田急百貨店、京王百貨店の各本店、地名が由来になっているヨドバシカメラ本店や他に、さくらや、ビックカメラ、ソフマップなど大型家電販売店がある。これら販売店の規模は、都内でも秋葉原に次ぐほどの大きさである。他にも、各企業の本社ビルなどがあり、国内でも有数の商業機能集積地となっている。現在一丁目の朝日生命本社跡に東京モード学園により新しいビルが建設中であり(モード学園コクーンタワー)、複数の系列の専門学校や大手書店などが入る予定。竣工は、2008年を予定している、高さは203mになる予定。
新宿新都心の高層ビルの一群があるところが、西新宿二丁目。元淀橋浄水場のあったところ。都庁はじめ、超高層ビルや新宿中央公園がある。
高層ビル群の南側と甲州街道の間に挟まれた区域が西新宿三丁目。オフィスビルが主体であるが、マンションなどもごく少数点在する。渋谷区との境目付近に東京オペラシティがある。渋谷区に所属するが、当ビルは京王新線の初台駅とも繋がっている。再開発の計画がある。詳細は西新宿三丁目西地区再開発を参照。
十二社通りより西側で、中野区と渋谷区の境までの区域。方南通りを境に南側は西新宿四丁目になり、西新宿五丁目は北側の地域。高層ビル群の西側にあたる。高層ビルはなく、昔から住宅、アパートが多くなる。かつて、ここの地には、十二社池という滝も伴った大きな池があり、江戸時代には観光名所となっていた。新宿の高層ビル建設と共に消滅し、現在はその名残の急な坂道とバス停のみに名を残し、当地に池があることを想像することすら難しくなっている。
十二社通りより西側で、中野区と渋谷区の境までの区域。方南通りを境に北側は西新宿五丁目になり、西新宿四丁目は南側の地域。西新宿四丁目同様、昔からの住宅が多い。西新宿五丁目駅もある。神田川が地域東端を流れており、中野区と当地域の境となっている。
高層ビル群の北側、高層ビル群と青梅街道の間の区域。東京医大病院や西新宿駅がある。他近年までは付近に住宅も見られたが、再開発で西新宿二丁目の浄水場跡エリアに準じるほどの超高層ビルが立ち並ぶエリアと変わった。
CX系ドラマ電車男で伊東美咲と伊藤淳史が待ち合わせをしたロバート・インディアナ作LOVEのモニュメントがある新宿アイランドが有名な待ち合わせスポットである。
新宿駅西口から北側に伸びる小滝橋通り沿いの区域。新宿西口駅の出口がある。マンションやホテル・オフィスなどが混在。中古レコード店やライブハウスなどもあることでも有名。近年は、大手予備校もこの付近に多く見られるようになった。また小滝橋通り沿いは、新宿屈指のラーメン激戦区でもある。
青梅街道より北側の地域。北新宿と接している区域。昔からの住宅街であったが、目下再開発が進行中である。
新宿第一生命ビルとハイアットリージェンシー東京はツインビルで、地下および地上2階までの構造を共有している。
1989年度撮影の新宿副都心。撮影場所は、上記74年度のものとほぼ同じ。74年度撮影のものと比べて、ビルで埋まってきていることが分かる(建設中の市東京都庁舎も確認できる)。国土画像情報(カラー空中写真)(国土交通省)を元に作成。
再開発が進む北新宿地区(2005年)。新たに高層マンションやビルが立ち並ぶ予定。西新宿3丁目西地区でも同様の再開発計画が進められており、高さ日本一となる建物の建設も予定されている。こちらは2011年を目途に着工の予定。
東京都庁舎側から見た西新宿の高層ビル群。左から、新宿住友ビル、新宿三井ビル、新宿野村ビル(部分)、損保ジャパンビル(部分)、新宿センタービル、京王プラザホテル。手前の低層建築は東京都議会議事堂
明確な設定ではないが、物語の舞台である七曲署という架空の警察署がこのあたりにあるという設定らしく、新宿の高層ビル群、当地の新宿中央公園などがロケ地として頻繁に登場する。
3作のオープニングなどで、高層ビル付近に登場することが多い。『シャイダー』の49話で、ギャバンが新宿センタービル付近、シャリバンが損保ジャパン本社ビル、シャイダーが新宿野村ビルあたりで登場した。
一色登希彦による漫画では、「第二次関東大震災」の火災旋風による災害が西新宿で発生している。この災害は漫画の中で「西新宿の惨劇」と呼ばれている。
大林宣彦による映画版では、由香(薬師丸ひろ子)たちの通う高校が都庁(当時は空き地)の場所に建っているという設定。工学院大学の旧キャンパスなど、周辺でロケが行われた。
スタジオ・ゼロ - 十二社の市川ビルにかつてあったアニメスタジオ。同ビルには、漫画家の赤塚不二夫(フジオプロ)や藤子不二雄(藤子スタジオ)らのスタジオが居住していた時期があり、漫画ファンによく知られていたが、2003年に解体された。
市谷加賀町|市谷甲良町|市谷砂土原町|市谷左内町|市谷台町|市谷鷹匠町|市谷田町|市谷長延寺町|市谷仲之町|市谷八幡町|市谷船河原町|市谷本村町|市谷薬王寺町|市谷柳町|片町|住吉町|富久町|本塩町
この「西新宿」は、日本の地理に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:日本の地理/P:日本の都道府県)。

 

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