二子とは?/ アットローン
[ 861] 二子新地駅 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%AD%90%E6%96%B0%E5%9C%B0%E9%A7%85
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二子新地駅(ふたこしんちえき)は、神奈川県川崎市高津区二子二丁目にある東京急行電鉄田園都市線の駅である。 複々線化工事が行われるまではバリアフリー設備や駅構内トイレは設置されていなかったが、同時施工された駅改良工事によってエレベーター・エスカレータ・幅広型自動改札機および多機能トイレが設置された。なお、駅の入口付近にも川崎市が管理する仮設公衆トイレがある。 2番線ホームの二子玉川寄りに世田谷区たまがわ花火大会・川崎市制記念多摩川花火大会開催日のみ下車客専用として使用される臨時の階段が設置され、ここから二子橋西詰脇の高架下に設けられる臨時改札口を通じて河川敷へとアクセスすることができる。なお、それ以外の日はホームに仕切りがされており、使用できない。 従来は上りホームが現行のホームとほぼ同じ位置に、下りホームが現行の下り線の内側にあったが、移設・解体・再築を経て現行の構造になり、前述したバリアフリー対応とされた。 駅構内の掲示によると、大井町線が溝の口駅まで延伸された際には、現行の田園都市線各駅停車に加えて大井町線各駅停車のうち1時間あたり4本が当駅に停車する予定である(平日昼間帯の場合)。 2008年3月現在、上下ホームの内側に通過線2本が完成しており、複々線化完成までは大井町線電車の留置線として使用している。 川崎歴史ガイド - 当駅が大山街道コースの出発地になっており、駅前に総合案内パネルが設置されている(改良工事に伴い駐輪場付近に移設されている)。 小黒恵子童謡記念館 - 当駅より徒歩約13分。土・日曜日のみ開館。小黒家は当駅周辺に多くの土地を持つ昔からの地主であり、現在も小黒工務店など小黒を冠した企業名が幾つかある。 川崎市制記念多摩川花火大会 - 高津区諏訪地先で開催されるようになって以降、当駅が最寄り駅となったため、大会当日は大変混雑し、臨時出札の設置や入場規制などが行われる。なお、一時期は二子玉川緑地にて「世田谷区たまがわ花火大会」が同日に開催されていた。その後、2004年から2006年までこの大会は中止されていたが、2007年から再開された(外部リンク先を参照)。 高津区民祭 - 大山街道沿いを練り歩くパレードが高津スポーツセンターを出発し、当駅前を通過する。当日近くになると沿道には提灯が灯り、当日は大山街道沿いに露店が立ち並び、近隣から人が繰り出して賑わう。 相次ぐ工場跡地のマンション建設 - 多摩川沿いにはかつて大小さまざまな工場が点在していたが、それらの移転などにより、跡地を東京など他地方のデベロッパーが買い付けるなどしての大規模マンション建設が相次いでいる。しかし、当駅周辺には戸建て住宅が建ち並ぶ閑静な住宅街が広がっており、20世紀末頃まで田園都市線高架よりも高い建築物がほとんどなかった街並みのため、景観や日照などの問題が起こり、既存住民との折り合いが付かない例もみられる。 国道246号の東京・横浜バイパス開通前には当駅(当時は二子新地前駅)を起・終点とし、旧大山街道、大貫病院、高津(十字路)、梅林を経由して向ヶ丘遊園駅東口に向かう路線が存在していたが、東京・横浜バイパスが開通した後は二子玉川園駅(一時期は用賀駅)発着に変更され、経由ルートは旧大山街道を通らず、東京・横浜バイパスにある東急バス高津営業所の前を経由する経路に変更され、当駅前を着発するバス路線は消滅した。当駅最寄りのバス停留所は「二子神社前」であり、ここには二子玉川駅と向ヶ丘遊園駅東口を発着する[向02]系統が通る。なお、当時のバス折り返し場跡にはマンションが建っており、往時の面影は見られない。 かつて、江戸幕府が江戸護衛の最前線と位置付けていた多摩川には架橋が制限されていたため、長く渡船「二子の渡し」が両岸の大山街道を連絡していた。しかし、時代が流れ、ここに橋が架けられることとなった。 その際、この付近一帯には街道宿が数軒立地していたほかは静かな田園地帯でありかつ繁華街がなかったため、役人接待のために芸者を呼び、歓楽街が開かれ、それが「二子新地」と呼ばれた(関西では、現在も歓楽街のことを「新地」と呼ぶ)。 当駅は開業当初、地名から「二子」という名称だったが、「二子新地」に立地していたことから「二子新地前(ふたこしんちまえ)」と改称された。しかし、時が流れて歓楽街は姿を消し、車内案内放送の発音によっては「双子死んじまえ」と聞こえるとの批判もあったことから、「前」を取って現駅名へと改称された。 当駅周辺が三業地として華やいだ時代の面影を21世紀の現在に伝えるように、当時から民家が建ち並んでいた地域のほぼ全域に「二子三業組合」の銘板が配された街灯柱が建てられており、今も町内を明るく照らし続けている。また、その経緯ゆえか当駅周辺には居酒屋が多く立地し、近隣には料亭もいくつか残っており、往時を偲ばせる。 エスカレータは、当初下りホームへは下り方向のもののみ設置され、上り方向のものはなかったが、上りホームに上下双方のものが設置されたのに合わせ、下りホームにも上り方向のものが追加設置された。 当駅は田園都市線の中で自動改札機の導入が遅い方であった。それまでは早朝と深夜に自動券売機が閉鎖され、当駅で乗車する場合は下車駅の改札口または車内で精算する必要があった。また、JRの無人駅などに見られる乗車駅証明書発行機も設置されていなかった。 |
[ 862] 二子玉川駅 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%AD%90%E7%8E%89%E5%B7%9D%E9%A7%85
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上りホームから多摩川河川敷を望む。写真の位置は改札口側からは既に野川を渡河しており、写真左の川が多摩川、右方向に野川及び改札口がある。 島式ホーム2面4線の高架駅である。ホームは外側の1・4番線を田園都市線、内側の2・3番線を大井町線が使用する。敷地の都合上、ホームの中央部から下り(中央林間)方にかけての大半が多摩川及び駅付近で合流する野川を渡る橋(田園都市線多摩川鉄橋)上に位置する。 その特異な構造のため、ホームの上り方(渋谷・大井町)の幅は20m程度あるのに対し、ホームの中央部から下り方にかけてのホームの幅は5m程度しかない。 上り列車のホームは朝ラッシュ時に混雑を極める。上記の様な狭いホームに、当駅から田園都市線に乗車する乗客の他、桜新町駅で急行の待避を行う各駅停車から急行への乗り換え客及びその逆の乗り換え客が多くおり、さらには大井町線始発列車待ちの行列もできるためである。 大井町線の入線時刻を早めるなどの対応がされるも全く追い付いていない程混雑していたが、東急電鉄は2007年4月5日より実施した準急の運行開始によって当駅での乗り換え客が減少し、結果混雑が緩和されたとしている[1]。また、東急では大井町線の溝の口駅への延伸(田園都市線複々線化)工事および工事完成後の溝の口〜大井町間直通急行の運行開始を行う予定である。 階段は、ホームの最も上り方とホームの中央部にそれぞれ1ヶ所存在する。ホームの最も上り方の階段を下ると、コンコース・改札口に通じている。上下両ホームの中央部に位置する階段は1・2番線と3・4番線を結ぶ連絡通路である。この通路は改札口につながっていない。 このような出口構造および、田園都市線の渋谷よりの車両の対面に短い大井町線の車両が停車するため、朝ラッシュ時の上り列車では渋谷寄りの車両(特に1〜3号車)は当駅より手前では混雑率が高く、また当駅を過ぎるとやや低下する。 2008年度に予定されている大井町線の溝の口延伸後は、当駅は2番線が大井町線溝の口方面に変更される。 上下両ホームの最も上り方に位置する階段にはエスカレーターとエレベーターが共に設置されている。また、多機能トイレや幅広型自動改札機も設置されており、バリアフリー設備が一層充実した。 但し、エレベーターに関してはホーム下に道路や堤防がある事など駅構造上の問題からホームとコンコースを直接結ぶ事ができなかったため、ホームとコンコースを行き来する際にはエレベーターの乗り換えが必要となっている。即ち、ホームからコンコースに向かう際には、1度目のエレベーターで一旦ホーム上層の連絡通路に昇り、連絡通路を歩いて2度目のエレベーターでコンコースへ降りなければならない。 トイレは1階改札口内(渋谷・大井町方面ホームへの階段付近)にある。多機能トイレは男性用・女性用各1室ずつ用意されている。2006年にオストメイト対応化された。 サービス施設 - 改札前のT字状の通路に十数店の店舗がある。駅周辺再開発の進捗にともない、2006年以前に改札付近にあった店舗の多くは閉店し、代わりに2007年春から再開発地区から立ち退いた店舗が移転開業している。その他に補足事項がある店舗は以下のとおり。 セガフレード・ザネッティ - 世田谷区たまがわ花火大会・川崎市制記念多摩川花火大会時には、極端に増加する乗降客に対応するため、客席部分のパーティションと客席が撤去され、臨時有人改札口が設置される。 ケンタッキーフライドチキン二子玉川駅前店 - 駅改築前、カーネル・サンダースが来日した際に来訪した。 駅周辺には主に住宅地が広がる。周辺には団地の他、瀬田などの高級住宅地も含めた閑静な住宅街を擁する。また、近年から現在まで行楽地としての顔も持つ。 駅西口側には1969年に玉川高島屋をキーテナントとするショッピングセンターが出店。玉川通り沿いや高島屋周辺に、服飾、雑貨、飲食等の店舗が集積している。また、玉川高島屋西側の、新二子橋橋梁脇との間の小規模店舗・住宅群は、京都の小路をモチーフとして「柳小路」として再開発された。 駅東側は、戦前、玉川電気鉄道や東京横浜電鉄(のち両者合併し東京急行電鉄)により、玉川第二遊園地や玉川プールなどが開設され、行楽地として開発された。玉川第二遊園地は、のち駅名の由来となった二子玉川園となり、同地には映画館二子東急も設けられ、行楽地として栄えた。1985年の二子玉川園閉園後、跡地にスポーツ施設やナムコワンダーエッグやいぬたま・ねこたまなどが建設された。多摩川河川敷を含めて休日に訪れる人は多い。現在、当駅から二子玉川園跡地にかけて二子玉川駅東口再開発計画が進行している。そのため、2006年にスポーツ施設以外の二子玉川園跡地の多くの施設が東口商店街の一部店舗と共に閉鎖されているが、将来は東口一帯に2棟のタワーから構成される大規模な商業地域・ホテル・住宅地域が建設される予定である。 駅南方向には多摩川河川敷が広がる。多摩川河川敷には、兵庫島公園があるなどして川や水に親しめる環境である。河川敷では、毎年8月第3土曜日には世田谷区たまがわ花火大会が開催され(対岸の川崎市制記念多摩川花火大会と共催)、駅を含めた駅周辺は観客で非常に混雑する。河川敷は、週末になるとスポーツやバーベキューなどのレジャーを楽しむ人々で賑わう[2]また、テレビCMやドラマなどの撮影にも、周辺の堤がよく使わている[3]。 東口にあるバスターミナル(二子玉川駅停留所)から、東急バスと小田急バスが合わせて7系統を運行している。1〜5番乗り場は駅前ロータリーに停留所があるが、6・7番乗り場は駅から50m程離れた別のロータリーに停留所がある。たまがわ花火大会の際には、二子玉川駅周辺の道路規制が行われ、二子玉川駅バスロータリー及び二子玉川停留所など駅周辺の規制地域内でのバス利用はできない。駅前ロータリーは封鎖され臨時切符売り場・待ち合わせ場所として使われる。 また、西口駅前には二子玉川停留所(二子玉川駅・高津営業所方面)がある。渋12系統渋谷駅〜高津営業所のバスは二子玉川駅に立ち寄らないため、二子玉川バス停での降車が必要となる。また、朝ラッシュ時は成城学園前駅方面からの系統がこの停留所を経由してバスターミナルに向かうが、こちらで降りた方が当駅へは早い。 6・7番乗り場のあるロータリーは、二子玉川園の正門前にあり、2000年まで「二子玉川園」という別の停留所であった。二子玉川園が閉鎖され跡地が駐車場等に転用されたため、停留所名が「二子玉川駅」に改められた。 2番乗り場と3番乗り場の間に東急自動車学校送迎バス専用停留所が、6・7番乗り場のあるロータリーの中央には東京日産ドライビングスクール送迎バス専用停留所がある。 玉川電気鉄道の玉川停車場として開業した。その後、目黒蒲田電鉄の大井町線が延伸し、隣接して二子玉川駅を開業する。 玉川電気鉄道は自社の経営する玉川第二遊園地(後の二子玉川園)を読売新聞とタイアップさせ、「読売遊園」に改称したのに伴い、「よみうり遊園駅」に改称。玉電が東横に併合され、さらに東横が目蒲に合併した事に伴い、同一駅に二つの名称があるのは不合理だと言う事で「二子読売園駅」に改称。戦局の悪化で遊園地が閉鎖された事で「二子玉川駅」に改称するが、戦後遊園地が復活した事に伴い、「二子玉川園駅」に改称した。 長らく地上駅であったが、その後大井町線が田園都市線として長津田駅まで延伸される事となり、1966年に高架駅として改築された。その際、駅全体が多摩川寄りに大きく移転した。なお、玉川線と砧線のホームは従来の場所(地上)に取り残され、1969年の廃線まで存置された。1977年に新玉川線が同駅に乗り入れた。 現在の高架駅となった当初は、当駅で折り返す計画であった旧・新玉川線に合わせて高架駅が建設されたという経緯から、折り返しが行い易い内側の2・3番線を新玉川線、即ち現在の田園都市線が使用し、外側の1・4番線を現在の大井町線(1979年までの田園都市線、即ち大井町〜当駅〜つきみ野の列車)が使用していた。 新玉川線が田園都市線と直通運転を行う様になる1979年までは、新玉川線の線路は当駅の渋谷寄りで上下線がY字ポイントで合流し、再びY字ポイントで2・3番線に別れるという形態であった。 現在の様に外側の1・4番線を田園都市線、2・3番線を大井町線として使用する様になったのは1999年からの事である。運転経路変更以降は不便な状態が続いていたため、田園都市線複々線化工事(大井町線の溝の口延伸)を機に1994年から駅改良工事が行われ、1999年に現在の形となった。 1979年に田園都市線の運転経路が現在の運転経路へと変更され、長津田方面からの田園都市線列車は内側の2・3番線を使用する事になった(当時は田園都市線が当駅で新玉川線に直通するため、新玉川線が発着する内側の2・3番線を使用する形になる)。反面、二子玉川〜大井町間が切り離された現在の大井町線は、ホームの異なる外側の1番線と4番線のそれぞれで折り返す形での発着を行う様になる。その結果、両線の乗り換えには連絡通路を移動する場合とない場合が存在してしまう事になった。また、連絡通路が狭いために通路内で乗客が錯綜する事があった。関連して大井町線では1990年〜1999年の間「二子玉川園」の方向幕を当駅の到着番線によって色分けし、4番線到着列車の幕の地色は黒のまま、1番線到着列車の幕の地色は緑にしていた。 2006年4月、下りホームに待合室が完成した。その後、5月から9月下旬までホームの西半分において屋根の拡幅工事が行われた。既存の屋根にひさしが取り付けられ、雨天時の雨の吹き込みが減少するとされる。 「二子玉川」の「玉川」は開業時の駅所在地が荏原郡玉川村にあった事から名付けられた。「二子」は対岸の川崎市の地名だが、二子塚古墳に因んで大井町線開業時に目黒蒲田電鉄が名付けた(東急社史などの説明より。当地は二子の渡しの渡船場跡地でもあった)。当時は玉川線と大井町線が別会社であったため、三業地として賑わっていた二子地区への最寄り駅として目蒲側が「二子玉川」と名付けたものであり、玉川電気鉄道には別途二子電停(現在の二子新地駅)が存在した。二子玉川の項にある通り、現在は駅周辺の広域名称として定着している。 ^ 世田谷区の条例により、河川敷の兵庫島公園等でのバーベキューは認められていないため、バーベキューが可能なエリアは狭い。対岸の川崎市側(二子新地駅側)の河川敷ではバーベキューが広く行われている。 |
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